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糖尿病になった猫&虐待にあった猫と暮らす私(pancia)が、 「猫と人がともにしあわせに暮らす」日々のために できることを探し、発信していくブログです。

100均&家にあるもので、猫のおもちゃを作ってみました<2>

うちのやんちゃガール、パンナさんは今日も張り切ってジャマをしてくれます。彼女のいたずらとストーカーっぷりに困り果てている私は、あの手この手を使ってひとりで遊んでくれるよう工夫するのですが…

 

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おとなしくダンボールに入っていてくれるといいんだけど。「なに作ってるの?」とジャマのタイミングを伺っています。

 

というわけで、また100均めぐりをして「猫のおもちゃ」を発掘してきました。基本的に私は家に転がっているものや安価で手に入るものだけで作ることを目指します。(誰でも簡単に、お金をかけずに作れる、これ重要ですよね。本当は見栄えもいいおしゃれなものが欲しいですが、手間とお金がかかりますもん。それにどのみちすぐに破壊されちゃいますからね…)

 

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今回は材料これだけ。鈴はいらなくなった首輪から外したもの。鈴がなかったら小石や小さなクリップ等、何かカシャカシャ音がすれば何でもOK! ピンクのものは使い切って不要になった「スプレーのふた」です。どんなものでも構わないけど、そんなに大きくない方が使いやすいかもです。

 

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適当な紙を用意してふたの形(円形)をなぞります。

 

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円形を切り取ります。

 

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鈴をふたの中に入れます。

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切り取った円形で閉じて、テープで貼ってできあがり!

 

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さっそくパンナさんがやってきました。ひとりで転がして遊んでくれます。

 

いつまで飽きずに遊んでくれるかわかりませんので、おもちゃは質より量。というわけで今回はダイソーで100均おもちゃを探してきました。

最近はとても充実していますね。キャンドゥやセリアにも行きますがやはりこの手のものはダイソーに限ります。「ペット」というコーナーが大々的に設けられていて(他の100均にはほんの小さな扱いで、一応置いてあるという感じですが)、犬や猫のみならず小鳥やうさぎ、ハムスター、魚関係もありホームセンターのペット用品売り場と比べても遜色ない感じです。こんなものまで売ってるのか!とこちらが驚いてしまいました。(わんちゃんの服までありましたよ)

 

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今回私が購入したのはこの4点。すべてねずみですね。おきあがりこぼし、小さなケリぐるみ、チョロQのように走るもの、のびる猫じゃらし。さて、どれが一番お気に召すでしょうか。シアンの足が見えますが、彼はもうご年配なのでおもちゃなんていらんみたいで、ほとんど遊びません。

 

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そして、今回「ダイソーのBOX」もお目当てに行きました。これ、ネットでもかなり話題になっていますね。みなさん大量に購入して収納に使っているようです。色も何色かありカラフルでしたよ。私は猫のおもちゃ入れにと購入。今までダンボールに入れていましたが、見てくれに難ありだし、すぐボロボロにされます。フタがついていて、かつすぐ開閉できて(フタがないと全部中身を出されてしまうので、収納の意味がないのと、フタが開け閉めしにくいと出し入れが面倒)、ほどよいサイズ感でそれなりに耐久性があるというわがままに応えてくれるダイソーはさすがです。これが100円とは、爆売れしますよね。

 

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 パンナさんの一番人気はやはり猫じゃらしでしたが、これはひとりで遊んでくれないということで、「おきあがりこぼし」が今回のベストアイテムでしょうか。チョロQねずみはすぐに自動で走らなくなってしまいました。ケリケリねずみはたまに使うくらいです。

 

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このおきあがりこぼしは1代目のもの。しばらくしてねずみさんが無残な姿で発見され、下のボール部分だけになってしまったのでした。これは普通にペットショップで買ったので400円ぐらいしましたよ。

 

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右が今回新しく買ったダイソー製のおきあがりこぼし(2代目)。400円のブランド品(?)と比べても遜色ないです。(ねずみのファーが本物ではなくフェイクなのですが、むしろその方が材質としては安全な気がします。相当舐めてしまうので、変な薬品とかついてないか心配ですもんね。いつまで現役で活躍してくれるかわからないけど、これが100均で買えるならいくつかストックしておこう、と思うほどいい商品です。

猫イベント「ニャンフェス4」の準備をしながら考えた。

猫イベント「ニャンフェス4」、ついに次の日曜(10/23)となりました。猫友さんは裁縫が得意な方なので、布小物(ポーチやミニバッグ、エプロン等)を作っているそうですが、私はあまり針仕事が得意ではないので、粘土細工でストラップやブローチを作成中です。本業は紙モノのデザイナーなので、何か紙(レターセットや一筆箋にシール等)で作ろうと思っていたのですが、ついぞ時間がなくて今回は無理そうです。次回また頑張ります。。。

あとは母作の編み物(猫耳のついた手袋つくってるらしい)とかに期待しよう。

 

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道具はこんな感じ。本格的なものは持っていないので、手持ちのものと急遽楽天や100均で揃えたものがほとんどですが。工夫すればなんとかできるもんだなあ。

 

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猫ストラップができました! 首に鈴をつけています。白猫のほかにハチワレ、三毛猫もいます。

 

物心ついたときから私の人生のテーマは「自由、自立と自律とは何か?」なのですが、今回ニャンフェスのためにものづくりをしたことで、このテーマへのヒントをもらったような気がしました。

私は粘土をこねくってると不思議と癒されます。こういうの、無になるって言うんでしょうか。なんだか禅みたいです。学生の頃、美術の授業が好きでよく展覧会に出してもらったりしていました。何が好きかって「自由」な教科ですもん。練習とか宿題とかつらいことがないし!(課題は与えられるから完全自由ではないのでしょうけど)先生が「自由に作っていいよ」って言ってくれるなんて、子供にとっては勉強というより遊びの時間みたいでワクワクしました。そりゃ楽しいですよね。

でもそんな風に「自由に好きなモノ作っていいよ」なんて、大人になったら言われなくなってしまうなんて知らなかったな…。(もっと早く教えてくれー。笑)

 

「好きにつくる」から、「誰かの言うとおりにつくる」になった途端、同じようなことをしても楽しめないのはなぜでしょう。そもそも「お金をもらっている」ということで、「純粋に楽しむためにやっている」のと同じ土俵で比べること自体違うのかもしれませんが、「本当に美術が好きだったあの頃、心から楽しんで何かを作っていたときの自分」とはもう、別の人間になってしまったのかなという気さえします。

妙に肩肘張っているからなんでしょうか。私は「お客さんに好かれようと愛想で笑顔をしたり、電話でワントーンあげて話す自分に、自分でどうも違和感がある」ようで…程度の差こそあれ皆自然とやっていることなので、相手は特に違和感を感じていないでしょうし、そこにフォーカスするのは変なのかもしれませんが…。

生活がかかっているだけに「お金をもらうために媚びたり下手に出たりしている感じ」がして、自分がさもしいように感じてしまうのかもしれません。(もちろんお金を稼がないと食べていかれないし、お客さんに愛想もつかえないのでは社会人としてやっていけないので、特に何も悪いことはしていないのですが…)

 

イベントだってお金を出して買ってくださる方がいる限り、それは「お客様」だし締め切りだってあります。でもなぜか、少し肩の力を抜いて作れるような気がして、ふと忘れてしまっていた”あの頃”の感覚を思い出したのです。どんなものづくりであろうとも誰かの「役に立ち」、誰かに「喜ばれるためにやっている」のだと思います。その意味においては、本当は「お金をもらっている仕事」も、「趣味でしていること」も本質的には同じところに行き着くのだろうと思います。

自分が好きなように作ったものを「いいね!」と思った人に買っていただける。それって何て幸せなことなんでしょう! いつか本業の仕事もそんな風に思えるところまで、いけたらいいなと思っています。

 

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パンナさんは私が何か作業に夢中になっていると、ニャーニャー言ってものすごい勢いでジャマしてくるのですが、こちらも無視を強行しているとついにふて寝。ただ目が合って見つかるとすぐ起き上がって走ってきますのでそーっとおそるおそる写真を撮る…でも結局見つかりますが。「お!?今度こそ遊ぶにゃー!!!」って感じですごいパワフルで強引です。(なのになぜか、リビングでくつろいでいるとジャマしてこない…なんなんでしょう。)

 

 

 

 

ニャンフェス4に出展します! ただいま猫グッズを絶賛…制作中!!

「ニャンフェス」という猫イベントをご存知でしょうか? 全国の猫好きさんが一同に会するお祭りです。最近ハンドメイドが盛り上がっており、ニャンフェス等のイベントで販売されているグッズは猫好き作家さんの手作りの品になっています。今回私は初出展で、猫友さんと一緒に猫グッズを作って販売することになりました。

nyanfes.com

 

私は仕事がクリエイターのジャンルなので、休日にまで何かを作ろうというほど熱心に手作りにはまっているわけではないのですが、その臨場感が好きで自分も出展してみようと思いたちました。周りはみんな猫好きさん(運営者も出店者もお客さんも)ばかりなので、妙に連体感というか初対面なのに同志みたいな感じがあります。私はかつて漫画家に憧れていた10代後半に足しげくコミケに通っていたことがありましたが、ちょっとコミケのおたくさん達に近いかも?(笑)なんだかそういう、妙に洗練されて気取ったりする必要がない雰囲気が温かくて、私は好きなのです。

趣味で手作りされている方の情熱には、思わず敬服してしまいます。趣味とはいえ市販品顔負けのプロ級の方もいて、「好きこそ物の上手なれ」というのは本当にそのとおりだなあとつくづく思います。私のようにその場の雰囲気が楽しいから仲間に入りたいなんて言っている生半可なのとは、全然気合いの入り方が違うのです。

 

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数日前、母がまた子猫ちゃんを保護してきました。地方はTNR活動(地域猫に避妊去勢手術を施し元の場所にもどす活動)なんてされていなくて、産みっぱなしになってしまうところがたくさんあるようで…以前亡くなった子にそっくりだったそうでいたたまれなくて連れてきたそうです。名前は「空ちゃん」。由来は「台風一過の真っ青な空の日にやってきたから」だそう。まだ男か女か不明です。元気に大きくなあれ。

 

うちの母は、手芸全般をこなす人で、編み物、藤編み、裁縫、粘土細工からアートフラワー制作、フラワーアレンジメント、水彩画…おおよそほとんどのことはひととおりできるんじゃないかと思います。中でも編み物は私からしたら何年かかっても完成しないような(そもそも取り組まない)デコラティブな模様のセーターとかを、一冬に平気で数枚編みます。地元で頼まれてお教室を開催するほどの腕前です。たのまれもしなくても常に何か作っているような人なので、先日も、チラシをちねって小さなビーズをつくり(黄金伝説のよゐこ 濱口の「ちねり米」しか思い浮かばない)、のれんを作ったとメールしてきました。見ると大人の背丈より全然長い。これは一体何個のビーズをちねったのか…私は気が遠くなってしまいましたよ。。。

こういう母をみていると「経済合理性がどうの」とか「これを受けてペイするか?」とか思ってしまう自分をあさましく感じてしまいます。この業界にいるとたまに「アーティスト」に出会います。彼らの果てなき情熱も経済という観念からは遠く離れた場所に存在しているようです。そこに採算とか予算とか、概念としてないようです。私は「自分はお金を頂いているからには仕事はきっちりやる。その意味でプロのデザイナーではあるけど、一生アーティストにはなれないな」と思ったのでした。

 

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なかなか制作が進まない私に代わって、アーティストの母はせっせとなにやら作ってくれているようです。これは「キャットカラー猫ぽん」だそう。ぼんぼりがついた猫首輪です。モデルになってくれた2ニャンは母宅の猫たち。左はあぶちゃん、右はまるこ。

 

ニャンフェス4は10月23日(日)、台東区浅草の「東京都立産業貿易センター」台東館5階で11時〜16時までの開催です。ご興味のある方はぜひのぞいてみてください。まだまだ先と思っていたらもう2週間しかないので、私も頑張って制作に励みます。さてさて何ができるやら。どうぞお楽しみに!

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粘土でブローチやらストラップを作ろうとしているところ。ちゃんと完成しますように!

 

 

「日々の行動が運命を変える」らしい。小さな一歩から始めてみよう!

「自分が本当に心からやりたいこと」を知るヒントは「子供時代」にある

今日は私の誕生日です。もう世間一般的にも自分としても完全に「若者」というカテゴリーから離脱したので、人生の後半戦何をして生きていこうかなんて、最近結構真剣に考えています。

皆さんは「運命は変えられる」と思いますか? 私は変えられると思っています。そして誰しも「幸せになれる」とも思っています。もし考え方や物の見方の角度を、ほんの少し変えてみただけで「運命が変わる」「幸せになれる」と言われたら正直「胡散臭いなあ」と思いますか? 

今日は個人的に節目なので(笑)、「運命は変えられるか」「幸せってなにか」そんな壮大なテーマで、果敢に大風呂敷を広げに行きたいと思います。

 

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時計が壊れたので購入した「にゃんこ時計」。しかし翌日、破壊女王パンナさんの猫パンチで壊されました・・・猫の手の届くところに置いた私が悪うこざいました(涙)これも運命でしょうか。

 

私はカウンセラーの仕事にも興味があり、以前キャリアカウンセラー講座*を受けたことがあります。その時「クライエント(相談者)の過去について、ヒアリングして理解を深めることが重要」だと教わりました。本当に自分がやりたいこと(仕事のみならず)を見つける手がかりは過去、とりわけ子供時代にあるというのです。

*「キャリアカウンセラー」とは、仕事選びに迷っている人の相談にのり、その人にとっての「より良い職業人生について」共に考える職業です。人材派遣会社やハローワーク、学校の進路指導課などで働いていることが多いようです。(ここでは一応狭義での解釈で仕事上としての「キャリア」を指しています。ただし「キャリア」の語源は馬車の「轍-わだち」から来ているとのことで、日本でイメージされるところの「エリート官僚」や「キャリアウーマン」のイメージとは異なる言葉です。例えば主婦には「主婦としてのキャリア」が存在していますし、学生にも広義でのキャリアがあると思われます。単に仕事上の足跡だけというわけではなく、その人の人生の道程という意味もあります。仕事って人生に密接に関わっていて切り離して考えられるわけではないですからね…。)

 

それで、「私って子供時代何に夢中になってたっけな…?」と思い起こしてみました。

私は子供の頃から哲学や心理学に興味がありました。日本人にありがちな無宗教者ではありますが、占いやスピリチュアル的なこと、神話や超能力、心霊、オカルト世界などに興味津々な子でした。(海外では「no religionー無宗教」だと言うと驚かれるそうです。むしろ、”1つの宗教を拠り所としない八百万の神的考え”は「日本人ぽい」といえば、それも1つのアイデンティティかもしれませんが)

学研から出ている「ムー」とかよく立ち読みしてましたね。あの頃、真剣にスプーン曲げとか幽体離脱とかを特訓しましたよ。(ついぞ出来ませんでしたが・笑)大人になって仕事で学研さんへ伺う機会があり、別のフロアに「ムー編集部」があってちょっと興奮したのを憶えています。宜保愛子新倉イワオが好きで「あなたの知らない世界」が楽しみでした。(夜に一人でトイレに行けなくなるのはお決まりでしたが)

夏になると「怖い話」のムック(「学校の怪談」とか「トイレの花子さん」とかあの手の「都市伝説」を集めたような雑誌です。子供って怖い話好きですよね。)がよく発売されていましたが、ああいうのをお小遣いで買っては、学校に持って行って回していました。そうするといつの間にかどこかへ行ってなくなってしまうんですね。家においておくのが怖かったので丁度よかったのですが。

 

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買ってきたばかりの本を袋から出して読もう!と思ったら、どっかりと乗ってジャマな方がおられました。これも運命なのでしょうか。

 

今思えば、私はおそらく「目に見えないもの、得体の知れないもの、解明されていない世界」に興味があって仕方ないんですね。それが宇宙(天体)や医学など「科学」の方向へ向かっていればまた別の道も拓けていたのかもしれませんが(ノーベル賞とか!?)、私の場合はそこに「人の想い、思念」が乗っていないと興味関心が向かないようです。軸は「人」というか広義には「生命」であり、「人の想いが行動につながること」=「動機」に興味があるのだと思います。

神さまもお化けも超能力も占いも、本当に存在するかは誰もわからないけれど、少なくとも今、人間の想像上の世界としては認識されています。実際いるかいないかはさておき、そういうカテゴリーやジャンルが誰かによって生み出され、一時の流行として消えてしまわず長年かけて醸成されている。私にとって本当に興味があるのは、「なぜそういうものや考えが生み出されたのか」という背景や、「それらが人間にとってなぜ必要だったのか」みたいな、かなり壮大なことだと思います。それこそ「こたえ」なんて無数にあって、「人間とは何か」という、NHKが何年かかけてやるドキュメンタリー番組みたいな、結局つかみどころのない内容なんだと思います。

哲学って「こたえ」がないから、ハマるとエンドレスで考えてしまうのですが、おそらく死ぬ間際までそうなんだろうなと思います。もう中年になってもそうだから、きっとおばあさんになってもそこは少女だった頃のままなのでしょう(笑)

 

 誰もがみんな何がしか「使命」を持って生まれてくる

そんな私はあるとき、「世界がもし100人の村だったら」という話を読んで、雷に打たれたような衝撃を受けました。話題になったのでご存知の方も多いと思います。子供にもわかりやすい平易な文章やイラストで「全世界における社会問題」が描かれています。なかなか自分が「地球民」だと普段意識することはありませんが、これを読むと自分も地球のイチ住民として、「何かせねば!」と浮き足立ってしまうことうけあいです。

 

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そうそう、こんな感じで衝撃を受けました! 漫画のコマだと間違いなくガイコツ黒焦げなシーンですよ!これは日本のお家芸らしいです。

この画像の出典:ネット上の知恵袋画像より拝借

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13152990288

 

「先進国・経済大国である日本に日本人として生まれ、便利であることに慣れ、衣食住に不自由することなく、高等教育を受けさせてもらい、普通に仕事があり食べていける・・・」それは、この「世界がもし100人の村だったら」に照らし合わせて考えると、100人の村には1人もいません。(100人中「大学で学べるのは1人で、コンピューターを持っているのは2人ですから)

「地球上で0.0…数%の恵まれた境遇にありながら、もし何もできないのなら、私は何のために生まれたのか、こうしてはいられない、自分に何ができるのか本気で全力で考えなくては」そんな想い、焦燥感のようなものが自分の中に強くあることを、そのとき私はハッキリと意識しました。

今まで当たり前だと思っていたことが、いかに当たり前ではないか、自分がどれほど恵まれた境遇におかれていて、どれほどたくさんの人々に助けられてきたか、本当に「ガツン!」と頭を殴られて真っ白になったような衝撃があり、目の前で星がチカチカしていました。 

matome.naver.jp

 

人にはこの世に生を受けたからには何がしか「使命=ミッション」が与えられているそうです。それはもし幼くして亡くなってしまった人だとしても。どんな人にも大なり小なり。トムクルーズほどのインポッシブル過ぎるミッションだとかなり尻込みしてしまいますが、私にも「ちっぽけだとしても何かあるのだ」と思うと、それを探さずにはいられないのです。人生の後半戦に向けての抱負ではありませんが、「少しづつ、日々の小さなことからでも心がけて変えていこう」と思っています。(勝手に後半戦だと思っていますが、うちは両親とも長寿傾向で90代まで生きるかもなので、まだ人生折り返していないことになってしまいますが…そればかりは順番はわからないということで準備しておくことにします)

昨日、はてなブログで拝読している方のブログタイトルがウィリアム・ジェームズ(アメリカの哲学者)の「人間には、その人がなりたいと思うようになる性質がある」というものでした。この言葉をリマインドしてもらって私は「ああ、そうだった、人間は思い描いたようにしかなれないんだった」とあらためて、「自分はどうなりたいか、きちんと向き合っていこう」と誕生日に気持ちを新たにしたのでした。

私は名言と言われる、彼のこの言葉が好きで手帳に書き留めています。

Sow a thought, reap an action.
Sow an action, reap a habit.
Sow a habit, reap a character.
Sow a charcter, reap a destiny.

ーWilliam James

心が変われば行動が変わる。
行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば運命が変わる。

ウィリアム・ジェームズ

 

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かなり長文を書いていたことが猫さまの怒りをかってしまったのか、実力行使・・・もうキーボードなんて打たせまいという彼女の強い意志を感じます。

 

私は「元旦から1年」がはじまるより、「自分の生まれた日から1年」がはじまる方が「ドラマチックな感じ」がして好きです。(大晦日から元旦の厳かな雰囲気はそれはそれでいいのですが)丁度この時期、手帳やカレンダーが一斉に発売されるので、気持ち新たにスタートするにはタイミングもいいのです。

冒頭の「運命は変えられるか」「幸せってなにか」について考えさせられるこんなエピソードがあります。パナソニック創業者の松下幸之助が、自社の採用面接にて求職者に「あなたは運がいいですか?」と質問し、「運が悪い」と答えた人は、どんなに学歴や経歴が優秀だとしても落としていたという話はあまりに有名です。生きていればどんな人の上にも様々なことが起こるでしょう。それをプラスにとらえるかマイナスとするかは、本人の受け止め方によっても違ってくるという考えから、この質問によって求職者の人生に対する「前向きさ、幸運をつかむ力」を見ていたのだと思います。

「幸せであるか」「運がいいか」は自分が自分で決めているところが大きいのかもしれません。「運命は変えられるか」「幸せってなにか」という壮大なテーマに、「結局ひとつの決定的なこたえなんてないのだ」と諦めてみるのもいいのですが、今この時点でできることは「まずは今日、今ここの自分の心持ちをちょっと変えてみることから始める」ことです。

近年日本での誕生日とは、「自分がプレゼントをもらい祝ってもらえる日」になっていますが、そもそもは「産んでくれた親や、今まで自分を成長させてくれた周囲の人や環境に感謝する日」だと本で読みました。むしろ「誕生日の人はプレゼントする側」なのだそうです。私にはこれからどんな恩返しができるか考えてみたいと思います。今の自分の恵まれた境遇は、自分の努力のみが作ったものではなく、これらの人々によってあるのだと、新たな気持ちに立ち返った1年のスタートなのでした。

 

 

 

 

「最近月日が過ぎるのをはやく感じる」なら、それは老化が加速しているらしい…じゃあ若くありたい人は何をすればよいのか?

東京では久しく青空を見ていません。もう10日くらいになるでしょうか。そうして突然涼しくなったなと思えばもう秋分。我が家の2にゃん達は朝になるといつの間にか、私の布団の上で寝ています。やっとそんな朝も「暑苦しい…」ではなくて「ほんのり温かい…」と幸せに感じることができる季節の到来です。しかしここから3ヶ月はいつも忙しなく、毎年気づくと年末だったりしますよね。

 

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「キャッチミーイフユーキャン」にもそろそろ飽きてしまったパンナさん。そこへ「ネスレピュリナワン」からプレゼントが当たりました。最近はこのトンネルと「キャッチミーイフユーキャン」の合わせ技で遊んでいます。

 

「もう年末?今年もはやかったなぁ」と感じるのは、脳が老いているせいかも…

人間は歳をとるにつれ、年々「時間の経過を速く感じるようになる」と本で読みました。その本によれば、「脳が新しい刺激を感じることがないほど、時間が過ぎるのを速いと感じる」そうです。思えば子供の頃、放課後の時間って長くありませんでしたか? 感覚的には「友だちと連れ立って知らない隣町まで大冒険」できるほど、たっぷりと時間があったように思います。でも今になって冷静に思い起こせば「放課後」なんて「たった数時間」ですよね。(授業が終わってから夕飯の時間までと考えると、だいたい14時〜18時くらいの3〜4時間でしょうか?)

ひるがえって、大人になった現代はどうでしょう。

「毎日同じ経路で通勤し、会社でルーティンワークをこなし、いつもと同じ時間に帰宅」「毎日ダンナさんや子供達を送り出したあと、同じチャンネルの朝ドラやワイドショーを見て、いつものスーパーへ買い物へ行き、夕飯を作って家族を待つ」

毎日毎日、「同じことを繰り返す」=パターン化された生活を送っている方のほうが多いのではないでしょうか。かくいう私もそうです。大人になってからも「毎日知らない街を大冒険」している人はあまりいないでしょう。自分なりの定型(フォーマット)を作って生活した方が、「ラクで合理的で安全」だということを長い年月のうちに自然と学ぶからですよね。

 

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ネスレピュリナワン」は先日当たったA賞「ペット健康診断チケット」の他に、B賞「健康グッズ」もしばらくして送られてきました。(結構たくさんハガキを出したんですね…)「健康グッズ」は3点(猫のおもちゃのトンネル、ねずみ形の光がでるポインタ、フード用のお皿)でした! 「ネスレピュリナワン」は結構キャンペーンをやりますので、何か情報を得たらまたここでお知らせしますね。

 

脳の老化を防いで「いつまでも若くある」には?

当たり前のことですが、時間は誰の上にも同じ速さで平等に流れています。それを「速い」「遅い」と感じるのは人間側の「錯覚」によるものです。

「毎日が同じことの繰り返し」になればなるほど、時間の経過を「速く感じる」し、逆に「新しいことがたくさんあって、緊張の連続、刺激のある毎日」を送っていると時間が進むのを「遅く感じる」のだそうです。

 

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猫だって毎日同じは退屈にゃ。飽きるにゃーよ。だからいつも新しいいたずらやお邪魔の方法を工夫してるにゃ!!

 

もし最近あなたが「月日の経過を速く感じる」なら、そのままにしておくと脳が老化して衰えていく一方かもしれません。大人になってからの合理的で安定感のある毎日は、生活の基盤として必要なものだし、もちろん否定されるものではありません。

でも「どうせなら若々しくイキイキしていたい」じゃあ何をすれば?と思う方、ヒントは子供時代にあります。子供って大人に比べて知ってることより「知らないこと」が圧倒的に多いですよね。だから何を見ても聞いても新鮮でワクワクできるんです。大人になった今、子供の頃のあの「ワクワク・ドキドキ大冒険」の新鮮な気持ちに返るには「新しいことをはじめてみる」ことです。

暑くて気力・体力が低下する夏も終わり、一年の中でも過ごしやすく気候のいい秋という季節は、何かを始めてみるには行動しやすいらしいですよ。「秋」って何やらクリエイティブな香りさえする気がしませんか? この時期新しい手帳やカレンダーを購入する人も多いと思います。ぜひそこに「新しいチャレンジ」のスケジュールも加えてみてはいかがでしょうか。