ねこと、手をつなごう。

「ねこと人間のしあわせな共生」をさまざまな角度から考えて行くブログです。

糖尿病になった猫&虐待にあった猫と暮らす私(pancia)が、 「猫と人がともにしあわせに暮らす」日々のために できることを探し、発信していくブログです。

前向きに自分らしく生きるためのヒント。それ、猫が知ってるらしい。

今年、2016年の2月にパンナがうちにやってきてから(参照パンナの不幸な生い立ち - ねこと、手をつなごう。)、うちのリビングにはケージが置かれています。

 
これはシアンをペットショップから連れてきたときに一緒に買ったものです。
「仔猫は新しい環境を不安がるので、しばらくはこれがないと困るからあった方がいいですよ」と、ペットショップの店員さんに言われるがまま購入したのですが…。
仔猫だったシアンを連れ帰って中に入れたところ、「外に出せ出せ!!」と鳴いて、余りにも激しくケージをよじ登るのでいたたまれなくなり、結局1日も使わずじまいで長いこと押し入れに眠っていたものでした。
 
まさか、これをまた使うとは思わなかったのですが…
 

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ケージってどうみても「檻」チックな外観。なんとかならないのでしょうか…
 
猫は幼少の頃に社会性を身につけるそうで、たくさん猫がいる環境で育った子は、他の猫ともうまくやっていけることが多いそうなのですが、ずっと一人っ子だった場合、他の猫を受け入れないことが多いらしいということでした。
 
シアンは12年も一人っ子で来たので、他の猫に会わせたらどんな反応をするのか、私にも全く想像がつきませんでした。
 
そのため、まずは先住猫のシアンと、後から来たパンナを対面させるのに、このケージが必要だったのです。
(初めて多頭飼いをする人たちがまず、最初に悩むことは「猫同士がうまく仲良くなってくれるかどうか?」ではないでしょうか。これについては、また別の機会にこのブログで書いてみたいと思います)
 
おおかたの予想どおり、パンナは物怖じせずシアンに近づこうとするのですが、シアンは嫌がってフーシャーと怒って威嚇しておりました。
2匹が出会って3ヶ月が経った今、当初より安定してきたと感じていますが、たまに夜の大運動会が激し過ぎて地響きが起こります。
 
ここはペット可の物件ではありますが、マンションですので階下の人もお隣さんもいます。
少々かわいそうな気もしましたが、夜、人間が眠る数時間だけ、パンナにはケージに入ってもらうことにしました。
その間だけケージの1階にトイレをセットし、その隣にごはんと水を置いて…2階の僅かなスペースに彼女を寝かせてケージを閉めます。
「おやすみ、また明日ね」と電気を消す私を、ドナドナの子牛のような目で見つめるパンナの姿に、罪悪感さえ感じるのでした。
 
ところが最近、気づけば自分からケージに入って寝ているのをよく見かけるようになりました。
 

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彼女の2階建てマイホーム(ローン無し、キャッシュで一括購入!!)です。
 
どうやら私が勝手に申し訳なく思っていただけで、彼女にとってこのケージは、結構落ち着ける快適な場所のようです。
もしかしたら、「私だけのお城!」って思ってるのかもしれません。
この子も1歳、人間の年齢に置き換えると15〜17歳らしいので、盗んだバイクで走り出してもおかしくないような、思春期の多感なお年頃ですよね。そろそろお兄ちゃんと同じ部屋なんて嫌なわけですよ。

このケージ=檻だと見ているのは人間だけで、猫からすると夢のマイホームなのかもしれませんね。
 
そう思えば、人間が一所懸命に得たマイホームだって、神さまとかが空から見ていたとすると「あんなちっぽけなウサギ小屋みたいのに住んでて狭苦しくないんかね〜」と思われているかもしれません。
 
でもね、狭くて小さな我が家もすてたもんじゃなくて、それはそれで結構いいもんですよね。私なんてザリガニだから、家が御坊茶魔んちのトイレ(100畳)だったら帰宅拒否になりますもん。(なんのこっちゃ)
 
ケージの中で気持ち良さげにスヤスヤ眠るパンナは、気づけば与えられた環境にすっと順応しているようでした。
肩肘張らず、卑屈にもならず自然に。
 
虐待されたり、檻に入れられたりしてると見れば不憫なのだけど、彼女は自分が不幸だとか不憫だなんてこれっぽっちも思っちゃあいないように見えます。
 

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ここ、気持ちいいのにゃ。
 
 
猫を観察していると、哲学者のようだなあと思ったりします。
妙に悟っているような、達観しているような…
 
近頃猫ブームに乗って書店でもよく猫本をみかけます。偉人の名言を集めたものや、禅だったり仏教だったり、今までおよそ猫とは結びつかなかったであろうジャンルとコラボしていて、とても興味深く見ています。
実は猫×人生哲学のようなジャンルって、こんなに親和性が高かったんだなぁと。
 
 
「足るを知る」という考え方がありますが、猫たちを見ていたら彼らはいつも、そんな風に生きているように思えてきます。
与えられた環境で、自分の居場所をちゃんと見つけて、そこで自分のできることをする。
 
現状に不満や不快を見つけてそれを数えて生きていくことも、満足できることや感謝できることにフォーカスして生きることも、どちらも自分で選択できることなのかもしれません。
 
「ものごとは捉え方ひとつ」ともよく言われるけれど、同じ環境をある人は「檻」だと思い、ある人は「お城」だと感じる。

できることなら私も、猫のように前向きで自分らしくいられたらいいなと思います。
 
また今日も、猫に教えてもらいました。
いつもありがとうね、猫さんたち。